5-1. 自由場の量子論 – スカラー粒子 –

今回の目的に必要な特殊相対論の知識は2-1の記事でほぼ尽くされているが、せっかくなので特殊相対論にまつわるトピックを少し紹介する。なぜ素粒子を記述するのに通常の量子力学では不十分なのかにも触れる。
私が物理で一番面白いと思うのは、なんといっても相対論の時空のゆがみである。素粒子実験では日常の現象であるが、人間の認知能力が及ばないところの真理に未だ感動が色あせない。「双子のパラドックス」や「暴走車の車庫入れ問題」など、これを題材とした有名な例題はいくつもあるが、ここでは実際に日常的に観察されている現象を一例だけ挙げる。
宇宙線ミュー粒子の検出
地球に降り注ぐ宇宙線のなかには、大気圏に入ると空気分子と反応してミュー粒子に崩壊するものがある。ミュー粒子とは素粒子表に載っていたあいつである。不安定な第二世代の粒子であり、わずか \tau = 2.2 \mu{s}で崩壊し電子やニュートリノに変化する。
上空10kmで光速の99.9%の速さを持ったミュー粒子が生成されたとする。このとき、崩壊するまでにミュー粒子が飛行する距離をニュートン力学の範囲で計算すると、
L = 3 \times 10^5 [\text{km/s}] \times 0.999 \times 2.2 \times 10^{-6}[\text{s}] = 659[\text{m}]<10[\text{km}]
となり、地上に届くことはできない。しかし、相対論の効果を正しく考慮すると結果が変わる。
ローレンツ変換を正しく行うために座標を設定しておく。地上に対して静止した慣性系をS、ミュー粒子の慣性系をS'とし、両者とも原点Oをミュー粒子が誕生した地点とする。ミュー粒子が崩壊するt'=\tauのときの事象AをSとS'の二つの立場で比較する。S'の立場ではミュー粒子は常にx'=0の点に静止しているため、S'系でA=(c\tau, 0)と表される。一方、Sから見るとミュー粒子は時間tの間に速さvで移動するため、S系ではA=(ct, vt)と表される。両者をローレンツ変換で結ぶと、
\begin{pmatrix}c\tau \\ 0 \end{pmatrix}= \begin{pmatrix}\gamma & -\beta\gamma \\ -\beta\gamma & \gamma \end{pmatrix} \begin{pmatrix} ct \\ vt\end{pmatrix}
c\tau=\gamma ct-\beta\gamma vt=\frac{ct}{\gamma} \Rightarrow t=\gamma\tau
を得る。よってSから見ると、ミュー粒子は速さvでt=\gamma\tauの時間飛行するため、その移動距離は
L = v\gamma\tau = 3 \times 10^5[\text{km/s}] \times 0.999 \times \frac{1}{\sqrt{1 - 0.999^2}} \times 2.2 \times 10^{-6}[\text{s}] = 14.7[\text{km}]>10[\text{km}]
となり、十分地上に届くことができる。このような結果になったのは、地上の観測者から見て、走るミュー粒子の時間の進みが係数\gammaだけゆっくりになり寿命が延びたからである。これが時間の遅れである。実際、ミュー粒子は地上で検出されており、相対論の効果が確かに効いていることが分かる。
ところで、ミュー粒子の立場に立ってみると自分は静止しているのであり、地面の方がものすごいスピードで迫ってきているように感じる。自分は止まっているのだから自分の時間が伸びているなどとは考えない。ではミュー粒子は、自身の儚い寿命のうちに地上に到達できる謎をどう理解するのだろうか。結論から言うと、自分から地上の観測器までの距離が縮むため10kmも飛行する必要がないのである。これを確かめる。
まず「距離を測る」ということがどういうことか定義しておかなければならない。時空図上の2点P(t_1, x_1)とQ(t_2, x_2)の距離とは、PとQが同時刻(t_1=t_2)のとき、|x_1-x_2|と定義される。異なる時刻の位置を比べる意味はないので、自然な定義だと思う。しかし、異なる慣性系では「同時性」が破れるため、距離を測るときに時空上のどの2点を選ぶかは慣性系によって異なってしまう。この点をもう一度上の時空図を使って説明する。
ミュー粒子が生成された点から地上の観測器までの距離は、S系では原点Oと点B(0, 10\text{km})の間の距離となる。一方、S'系では原点Oと同時刻な点はCであるため、ミュー粒子が感じる距離\ellはOとCの間の距離である。Cの座標は、S系で(cT, 10\text{km})(時間座標は使わないので適当な時刻Tを置いた)、S'系で(0, \ell)と表すことができる。両者をローレンツ変換で結ぶと(計算を簡単にするためS'\rightarrow Sの変換をした。このとき、SはS'に対して速度-\boldsymbol{v}で走っていることに注意)、
\begin{pmatrix}cT \\ 10\text{km} \end{pmatrix}= \begin{pmatrix}\gamma & \beta\gamma \\ \beta\gamma & \gamma \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 0 \\ \ell\end{pmatrix}
10[\text{km}]=\gamma \ell \Rightarrow \ell=\frac{10}{\gamma}[\text{km}]=447[\text{m}]
となり、ミュー粒子から見ると観測器までの距離は447mしかないことが分かる。正確には、ミュー粒子からすると前方のすべての空間が係数1/\gammaの比率で縮んでいる。このように走るものが縮む効果をローレンツ収縮という(ミュー粒子からすると地上がこっちに向かって走ってきている)。
慣性系Sとそれに対してx軸方向に速さvで走る慣性系S'を考える。S'から見てx軸方向に速さu’で動く物体は、慣性系Sから見るとどれくらいの速さで走っているだろうか。
求める速さをuとすると、ニュートン力学では単純にu=u'+vである。
一方、相対論ではどうなるか。慣性系Sでの微小変分(\Delta{t}, \Delta{x})と慣性系S'での微小変分(\Delta{t}', \Delta{x}')の間は、ローレンツ変換(S'\rightarrow S)で
\begin{pmatrix}c\Delta t \\ \Delta x \end{pmatrix}= \begin{pmatrix}\gamma & \beta\gamma \\ \beta\gamma & \gamma \end{pmatrix} \begin{pmatrix} c\Delta t' \\ \Delta x' \end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\gamma c\Delta t'+\beta\gamma\Delta x' \\ \beta\gamma c\Delta t'+\gamma\Delta x' \end{pmatrix} \ \ \text{但し、}\beta=\frac{v}{c}
と結ばれる。すると、Sから見た物体の速さuは
u=\frac{\Delta x}{\Delta t}=\frac{\beta\gamma c\Delta t' + \gamma\Delta x'}{\gamma\Delta t'+\frac{\beta\gamma}{c}\Delta x'}=\frac{\beta c+\frac{\Delta x'}{\Delta t'}}{1+\frac{\beta}{c}\frac{\Delta x'}{\Delta t'}}=\frac{u'+v}{1+\frac{u'v}{c^2}}\ \ \ \text{但し、}u'=\frac{\Delta x'}{\Delta t'}
と表される。分子は通常の合成則であり、分母はその相対論的な補正である。例えば、物体がS'から見て速さu'=cで走っているとき、Sから見てもu=cとなり、確かに光速度不変の法則が成り立っていることが分かる。光に追い付くことはできない。
ある物体が運動しているとき、その物体と一緒に動く慣性系をその物体の静止系という。静止系ではその物体本来の(ローレンツ因子\gammaのかからない)時間が流れている。これを固有時間\tauという。一方、その物体を観測する立場を実験室系という。実験室系の時間をtと表すと、時間の遅れの関係からt=\gamma\tauが成り立つ。
相対論的な力学を目指して、必要な量を2つ定義する。まず、実験室系で速度\boldsymbol{v}=d\boldsymbol{x}/dtで運動している粒子の4元ベクトルx^\muを固有時間\tauで微分することで4元速度u^\muを定義する。このとき、4元速度の空間成分は通常の速度\boldsymbol{v}に\gammaがかかった量となっている。
u^\mu=\frac{dx^\mu}{d\tau}=\frac{dt}{d\tau}\frac{dx^\mu}{dt}=\gamma\frac{dx^\mu}{dt}=\gamma\left(\frac{dct}{dt},\ \frac{d\boldsymbol{x}}{dt}\right)=(\gamma c,\ \gamma \boldsymbol{v})
次に、4元速度に質量mを掛けて4元運動量を定義する。
p^\mu=mu^\mu=(\gamma mc,\ \gamma m\boldsymbol{v})
ここで、空間成分の\gamma m\boldsymbol{v}について考えてみる。|\boldsymbol{v}|\ll c のとき、\gamma{m}\boldsymbol{v} \simeq m\boldsymbol{v}とニュートン力学での運動量となる。そこで相対論的には、運動量\boldsymbol{p}は\boldsymbol{p} \equiv \gamma{m}\boldsymbol{v}で表されるものと再定義する。この運動量の定義の変更は少し唐突に感じて気に入らないが、厳密に保存するのはこちらの新しい定義の方であり、従来の運動量は運動量保存が成り立たないことが実験的に確かめられている。結局、4元運動量p^\muは運動量\boldsymbol{p}を用いて
p^\mu=(\gamma mc,\ \boldsymbol{p})
と表される。なお、この4元運動量のノルムは以下のように質量のみで与えられる。
p_\mu p^\mu=(\gamma mc)^2-(\gamma m\boldsymbol{v})^2=\gamma^2m^2c^2(1-\beta^2)=m^2c^2
実験室系で観測される運動量\boldsymbol{p}と力\boldsymbol{F}を使った運動方程式d\boldsymbol{p}/dt=\boldsymbol{F}は、このままではローレンツ変換によって形を変えてしまうため相対論の公理2を満たさない。相対論的に共変な形にするために、4元運動量を固有時間で微分して4元力f^\muを定義する。
f^\mu=(f^0,\ \boldsymbol{f}) \equiv \frac{dp^\mu}{d\tau}
これは両辺の添え字がそろっているため、相対論的な運動方程式と言える。この4元力f^\muの正体を調べる。まず空間成分\boldsymbol{f}は、
\boldsymbol{f}=\frac{d\boldsymbol{p}}{d\tau}=\frac{dt}{d\tau}\frac{d\boldsymbol{p}}{dt}=\gamma\boldsymbol{F}
と実験室で観測される力\boldsymbol{F}を使って表される。次に、時間成分f^0は、4元運動量のノルムを固有時間で微分することで得られる。
\begin{eqnarray*}\frac{d}{d\tau}p_\mu p^\mu=0 & \Rightarrow & 2p^0\frac{dp^0}{d\tau}-2\boldsymbol{p}\cdot\frac{d\boldsymbol{p}}{d\tau}=0 \\ & \Rightarrow & p^0f^0=\boldsymbol{p}\cdot\gamma \boldsymbol{F} \\ & \Rightarrow & f^0=\frac{\gamma}{p^0}\boldsymbol{p}\cdot\boldsymbol{F}=\frac{\gamma}{\gamma mc}\boldsymbol{p}\cdot\boldsymbol{F}=\frac{\gamma}{c}\boldsymbol{v}\cdot\boldsymbol{F} \end{eqnarray*}
結局、4元力f^\muは次のようにまとめられる。
f^\mu=(f^0,\ \boldsymbol{f})=\left(\frac{\gamma}{c}\boldsymbol{v}\cdot\boldsymbol{F},\ \gamma\boldsymbol{F}\right)
相対性理論の山場は何といってもE=mc^2である。ドラマやアニメでよくある数式がたくさん散りばめられる演出においてこの式が登場しないことはない。また、ハリウッド女優キャメロン・ディアスも、あるインタビューの最後『何か知りたいことはないか』という質問に対し『E=mc^2を理解してみたい』と答えたという。
これを導くのに追加の仮定はいらない。仕事\Delta W=\boldsymbol{F}\cdot\Delta \boldsymbol{x}によるエネルギーの変化\Delta Eを考える。
\Delta E=\Delta W
\frac{dE}{d\tau}=\frac{dW}{d\tau}=\boldsymbol{F}\cdot\frac{d\boldsymbol{x}}{d\tau}=\boldsymbol{F}\cdot\frac{dt}{d\tau}\frac{d\boldsymbol{x}}{dt}=\boldsymbol{F}\cdot\gamma\boldsymbol{v}=cf^0=c\frac{dp^0}{d\tau}
よって、エネルギーEは積分定数を除いて、
E=cp^0=\gamma mc^2
となる。つまり、速度\boldsymbol{v}で走る物体は\gamma mc^2のエネルギーを持つ。特に、静止(\boldsymbol{v}=0)しているとき、\gamma=1となり有名なE=mc^2を得る。これを静止質量エネルギーという。ところで、静止せずとも十分遅い(|\boldsymbol{v}|\ll c\ ,\beta\ll 1)とき、
E=\gamma mc^2=\frac{mc^2}{\sqrt{1-\beta^2}}\approx mc^2\left(1+\frac{1}{2}\beta^2\right)=mc^2+\frac{1}{2}m\boldsymbol{v}^2
であり、通常の運動エネルギー1/2m\boldsymbol{v}^2が含まれていることが分かる。このことから、非相対論的な範囲(\beta\ll 1)では、静止質量エネルギーmc^2だけシフトしたエネルギーを見ていたことが分かる。
さらに、4元運動量を以下の表式に書き換えると、4元運動量とは時間成分がエネルギー、空間成分が運動量の4元ベクトルであるといえる。
p^\mu=(p^0,\ \boldsymbol{p})=(\gamma mc,\ \boldsymbol{p})=\left(\frac{E}{c},\ \boldsymbol{p}\right)
そして、そのノルムp_\mu p^\mu=mc^2をこの成分表示で表すと
mc^2=p_\mu p^\mu=\frac{E^2}{c^2}-\boldsymbol{p}^2 \\ \Leftrightarrow E^2=m^2c^4+\boldsymbol{p}^2c^2
これがエネルギーに関するアインシュタインの関係式である。E=mc^2はこれの特殊な場合である。
(余談)アインシュタインの関係式にp=\gamma mvを代入してvについて解くと、
v=c\sqrt{1-\frac{m^2c^4}{E^2}}\leq c
を得る。但し、不等号は静止質量エネルギーが全体のエネルギーを超えないことから来ている。この式から、質量がある限り光速に達することはないことが分かる。光速になることができるのは質量がゼロの物体だけである。ここまでは分かる。しかし、逆は成り立つだろうか?質量ゼロの物体は常に光速で飛ぶ必要性はどこから来るのだろう。何かいい説明に出会えば追記したいが、とにかく質量ゼロの物体は常に光速で飛ぶらしい。
アインシュタインの関係式が示唆することは、エネルギーと質量や運動量は等価であり、互いに変換しうるということである。相対論を考えると質量の保存はもう成り立たない。実際、物体の質量はそのエネルギー内容(高温だったり運動エネルギーを持っていたり)で変化する。日常的には、その増分が無視されるほど小さいだけである。加速器実験でも、衝突させる最初の粒子の何万倍も重い粒子が頻繁に生成される。この極端な例が粒子と反粒子の対生成・対消滅である。粒子と反粒子が出会うとその質量は消失しエネルギーとなる。また逆に、十分なエネルギーが与えられれば、無から質量を生み出すことができる。
相対論的な量子力学は、このように粒子の生成・消滅を記述できるような枠組みでなければならない。シュレディンガー方程式の波動関数は確率の保存を要請するため、粒子が勝手に減ったり増えたりすることは許されない。そのため、場の量子論という新しい枠組みが必要となるのである。
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