1. 素粒子の世界 – 基礎知識 –
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このブログの目的は標準理論のラグランジアンを読めるようになることであるが、まずは、素粒子とは何か、どんな素粒子が存在するのか、素粒子物理学は何を目的とするのか、など基本的な事柄をまとめる。
●素粒子とは
物質を細かく分割していくと、分子 --> 原子 --> $\cdots\cdots$といろいろなレベルが現れるが、この過程の最後に到達するこれ以上分割できない最小単位を素粒子という。
普通の粒子や物質には、その構成が同じでも内部自由度と呼ばれる自由度があり、いろいろな状態を取り得る。例えば、水素原子には電子軌道に対する複数の励起状態があるし、水素分子には二つの水素原子間での振動、回転などが考えられる。人間でいえば、同じ人でもその時々で体の調子や体温に変化があるのは内部自由度といえるかもしれない。
素粒子はこの内部自由度を持たない。いろいろな性質(電荷、スピン、質量など)を持ちうるが、その値は変化しない。逆に、これが素粒子の定義でもある。ある粒子になにか内部自由度が見つかれば、それは内部に構造を持つことを意味し、素粒子ではないことが確定する。
●どんな素粒子があるのか
どんな内部自由度を見つけられるかは、その時代の技術レベルに依存する。そのため、何が素粒子であるかは歴史とともに変化してきた。分子や原子が素粒子だった時代もある。現在、素粒子は以下のやつらだと考えられている。
似た性質の粒子が横に第一世代から第三世代まで並べられている。電荷やスピンなどは同じで、違いは質量だけである。しかし、その質量の違いは激しく、まさに桁違いに増加していく。
この宇宙の物質はすべからく原子でできている。そして、原子は電子・陽子・中性子でできている。電子はそれ自体素粒子であるが、陽子と中性子はuクオークとdクオークでできている。これですべてである。そう、この宇宙はほぼ第一世代の素粒子だけで構成されているのである。素粒子は12個もあるのに、実際に使われているのはほぼ第一世代の素粒子だけである。他の世代の粒子は高エネルギー条件下で一瞬作り出すことができるが、すぐに壊れて第一世代の粒子に変化してしまう。
(余談)変化するからといって、第二世代以降は第一世代で構成されていると考えてはいけない。この粒子の変化は、後で別の機構で説明される。
●反粒子・反物質
実は上表の素粒子のそれぞれには、質量が同じで電荷の符号が反対の反粒子といわれるペアが存在する。それらも素粒子である。同じような図になるが以下のとおりであり、名前に「反」がつく。反電子だけは慣習上、陽電子ということが多い。
反粒子はシュレディンガー方程式の相対論版を考えると自然にでてくる。2次方程式の共役解のようなもので、それぞれが粒子と反粒子に対応する。しかし、その存在は独立しており、半導体の正孔(ホール)などとは別の概念であることに注意。実際、電子ー正孔対ができるときは、電子が自分の持ち場を離れて動くだけなので全体として質量の増減はない一方で、真空に電子ー陽電子対ができるときには質量がゼロから有限の値に増える。
さらに、反粒子を組み合わせて反物質を作ることもできる。実際、反$u$クオークと反$d$クオークで反陽子を作り、その周りに陽電子を捕縛して反水素原子を作ることに成功している。
こうした反粒子や反物質は通常の物質と出会うと対消滅する。このとき、有名な式 $ E = {m}{c}^2 $ の等式に従ってエネルギーを放出する。この世界に反物質でできたものが見当たらないのは、仮に誕生しても周りの物質とすぐに対消滅してしまうからである。逆に、十分なエネルギーを与えると粒子と反粒子を対生成することもできる。他にも、反物質は時間を逆行するという解釈もあり、SFものによく登場する。
(余談)発電の最も効率のいい方法は、燃料をすべてエネルギーに変換することである。そのとき $ E = {m}{c}^2 $ の割合でエネルギーが得られる。核爆弾は反応前後の質量欠損からエネルギーを得る。しかし技術的な困難が大きく、あの威力といえど燃料のごく一部しか変換できていない。一方、対消滅の質量変換率は100%であり、宇宙にこれ以上効率のいい機構はない。宇宙戦艦ヤマト「愛の戦士たち」のラストでは、主人公の乗ったヤマトが体が反物質でできた精霊と対消滅するというイカレ展開で最強のラスボスを葬った。
●相互作用
すぐ消える奴ら(第二世代以降や反粒子)も含めて宇宙の構成部品はこれですべてである。しかし、部品があるだけでは不十分である。この世界を作るには部品同士を「組み合わせる」必要がある。
まずはクオークを集めて陽子や中性子にし、さらにそれらを集めて原子核にする。これらは主に強い力によって実現される。なお、陽子はuud、中性子はuddの組み合わせで作られる。
次に原子核の周りに電子を捕縛させて原子を作る。これは電磁気力によってなされる。分子の形成やさらに上のマクロなレベルにおいても電磁気力が様々に形を変えて影響を及ぼす。
素粒子レベルでは、さらに弱い力という力もある。これにより、素粒子は別の粒子へ変化する。粒子が他の世代の粒子へ変化するのも、放射性物質が放射線を放出して別の原子に変化するのも弱い力による。放射線の原因というと物騒であるが、弱い力は太陽の核融合でも重要な役割を演じており、ひっそりと我々の生活を支えている。
星レベルになると電気的に完全に中性になる。そのため、これ以降は重力だけが影響を及ぼす。宇宙のマクロな構造は重力だけで構成されており、恒星系、銀河系、銀河団、超銀河団、大規模構造と複数の階層がある。
相互作用としてはこの4つですべてである・・・。と言いたいが、明らかに他の機構による現象も存在する。ヒッグス場の湯川結合や量子の統計性に基づく相互作用たちである。例えば、原子の ${l}$ 軌道に電子が2つしか入らないというパウリの排他律も量子の統計性からくる反発力であるが、上の4つの力のどれにも属さない。
(余談)白色矮星というタイプのとんでもなく重い星においても、星内部のぎゅうぎゅうに詰まった原子の自己重力を支えるのはパウリの排他律に関連する圧力らしい。なので、何をもって4つの力とくくられているのか確信はないが、「ゲージ相互作用の・・・」と枕詞をつけるべきなんじゃないだろうか。
●素粒子物理学の目的
現在の宇宙は加速膨張をしていることが確かめられているが、その始まりはある一点であったと考えられている。宇宙誕生の王道シナリオは次のようなものである。
このように、初期宇宙を知るには極微世界の法則を理解しなければならない。素粒子物理学は、物質の最も基本的な構成要素である素粒子とその相互作用を統一的に説明することを通して、宇宙の起源を解明することを目的とする。
ここまでの内容に関する範囲で、未解明の謎には以下のようなものがある。
- なぜ素粒子は12種類(+それらの反粒子)なのか。しかもほとんど使われていないのに。
- なぜ相互作用の強さは絶妙に調整されているのか(fine tuningの問題といって、それぞれのバランスが少しでも違えば原子を作れなかったり恒星系が形成されなかったり)
- なぜ初期宇宙において反粒子より粒子が多かったのか(差は300000000 : 300000001程度の微妙さだった)
- 数十億年の期間で銀河を作るには今ある質量では引力が弱すぎる。ダークマターは存在するのか、またするとすればその正体は何か
- 今の宇宙膨張を引き起こしているダークエネルギーの正体は何か
以上、素粒子の世界を概観した。標準理論に向けて、次章よりもう少し定量的に必要な知識を説明していく。
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