5-1. 自由場の量子論 – スカラー粒子 –

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これまで素粒子にはフェルミオンやボソン、粒子や反粒子、右巻き左巻きなど様々な分類があることを紹介した。本記事に出てくる最後の分類は、ローレンツ変換に対する粒子の場の変換性である。時空がローレンツ変換するとき、対応する場が  変換しない     $\rightarrow$ スカラー粒子  時空と一緒に(4元ベクトルとして)変換する     $\rightarrow$ ベクトル粒子  スピノルとして変換する     $\rightarrow$ スピノル または ディラック粒子 と分類され、具体的には以下のように整理できる。 本章では、まずスカラー粒子について必要な知識をまとめる。ベクトル粒子、スピノルは自由度が異なるだけで、ここで議論した内容をほぼそのまま使うことができる。 ●単位系 以降、素粒子物理学の慣習に倣って光速$c$とプランク定数$\hbar$を無次元量$1$とする単位系を使用する。これを 自然単位系 という。速さの単位が無次元となるので、次元的には距離 = 時間、エネルギー = 質量となる不思議な単位系であるが、式の見た目はすっきりするし、慣れると次元が正しいか簡単に確かめられるようになる。 この単位系の下では、シュレディンガー方程式やアインシュタインの関係式は以下のようになる。 \[i \frac{\partial}{\partial t}\psi = -\frac{1}{2m}\boldsymbol{\nabla}^2\psi\] \[E^2 = m^2 + p^2\] ●複素スカラー場 自由粒子のシュレディンガー方程式は$E = \frac{\boldsymbol{p}^2}{2m}$で$E \rightarrow i\frac{\partial}{\partial t} \ , \ \boldsymbol{p} \rightarrow -i\boldsymbol{\nabla}$の置き換えをすれば得られた。しかし、これは相対論的な形式ではない。近似的には成り立つがこの宇宙の本当の法則を表していない。相対論的な方程式は、アインシュタインの関係式に同様の置き換えをすれば得られる。これを クラインゴルドン方程式 という。 \[(\partial_\mu\partial^\mu + m^2)\phi(x) = 0\] \[\text{但し、}\partial

3-2. 場の理論的世界観 – ヒッグスまで -

●弱い相互作用

電磁気力は電荷をもつ粒子に働いた。他の力も、対応する広い意味での”電荷”をもつ粒子に働く。弱い力は弱荷をもつ粒子に働く。弱荷とは粒子の種類のことであるが、詳しくはゲージ理論の章で説明する。フェルミオンのすべての素粒子がこの弱荷を持ち、WボソンZボソンと呼ばれる2種類の粒子が弱い力を媒介する。この2つの粒子の一番の特徴は、質量をもつことである。力の媒介粒子の質量は、その力の到達距離に反比例する。光は質量ゼロであるため、無限遠方まで力が及ぼされる。一方、WおよびZボソンは非常に重い質量(陽子の約100倍)を持っているため、力の到達距離は極端に短い。その距離は原子核程度のサイズであり、そのため日常のスケールで弱い相互作用を感じることはない。

Wボソン:

プラスとマイナスの電荷をもつ$W^+$, $W^-$の2種類があり、これが媒介する力を荷電弱相互作用という。このとき、電荷の保存によって力を受ける粒子は異なる電荷をもつ別の粒子に変化する。例えば、ダウン(d)クオークとニュートリノが相互作用する過程は以下のダイアグラムで表される。

ところで、この図のニュートリノの線を終状態の方に折り曲げれば、これはdクオークがひとりでに崩壊し、アップ(u)クオークと電子および反ニュートリノを放出したとみることができる(下左図)。さらに、何もしないuクオークとdクオークを並走させることで、中性子が電子を放出して陽子に変化するベータ崩壊も表現できる(下右図)。このように、いろいろな現象を統一的に見渡せる。ファインマンダイアグラムが面白くなってきただろう!?

Zボソン:

Zボソンは電気的に中性であり、これによる力は中性弱相互作用と呼ばれる。この反応過程は光子の交換と似ており、例えば、uクオークと電子の間の相互作用は以下で表される。

また、WボソンとZボソンのもう一つの特徴は、自分も弱荷をもつことである。そのため、WボソンとZボソンは自分自身とも結合する。この事実は、光子自身は電荷をもたなかったことと対照的である。


●左右(パリティ)対称性の破れ

粒子には右巻き左巻きの状態がある。イメージとしては、スピンと運動方向がそろっているとき右巻き、逆向いているとき左巻きである。質量がゼロでなければ、観測者は粒子を追い越すことができる。そのため、右巻き状態と左巻き状態は観測者によって移り変わることになる。このことから、右巻きか左巻きかは粒子の本質的な性質ではないように思われる。

しかし、質量がゼロの粒子にとっては左巻きか右巻きかは本質的な違いとなる。なぜなら、質量ゼロの粒子は光速で飛んでおり決して追い越すことはできないため、左右の「巻き」が移り変わることはないからである。では、質量がある粒子なら左右の巻きは本質的な性質ではないのだろうか?

1957年、世界を震撼させる実験結果が報告された。曰く、荷電弱相互作用は左巻き粒子または右巻き粒子にしか働かないという。これは、物理法則が左右の対称性を破る初めてかつ唯一の例である。これを受けて標準理論では、Wボソンは左巻き粒子(および右巻き反粒子)にしか結合しないように調整されている。

荷電弱相互作用が左巻き粒子にしか働かないことを考えると、右巻き粒子と左巻き粒子は異なる性質を持つことを意味する。そのため、上の疑問の答えとしては、「質量がある粒子にとっても、左巻きか右巻きかは本質的な違いである」となる。実際、標準理論の枠組みでは左巻き粒子と右巻き粒子は別の粒子であると捉える。

(余談)物理法則が完全に左右対称性を守っているとすると、現実の中の世界と鏡の中の世界を区別する方法はない。ある朝起きて自分が鏡の中に迷い込んでいないか確かめる唯一の方法は、荷電弱相互作用が左巻き粒子に働いているか、右巻き粒子に働いているかを確認することである。なぜなら鏡のなかでは左巻き粒子は右巻き粒子に変換されるため、右巻き粒子同士で弱い相互作用をするという現実にはあり得ない現象が起こっているはずだからである。また、「オズマ問題」として有名な、遠く離れた宇宙人と左右の認識をすり合わせる方法もこれに頼ることとなる[1]。


●強い相互作用

色荷をもつ粒子には強い力が働き、その媒介粒子はグルーオンと呼ばれる。色荷は通常の電荷と違い離散的な3つの色の値$R・G・B$をとる。色荷を持つのはクオークとグルーオンだけである。なお、反粒子はこのマイナスの値$\bar{R}$・$\bar{G}$・$\bar{B}$をもつ。グルーオンを交換することで、粒子は色荷を変化させる。例えば、赤色uクオークと青色dクオークの反応は以下のように表される。

グルーオンは質量ゼロなので遠距離力であり、色荷も持つので自分自身とも結合する。グルーオンはこのほかに、漸近的自由性と呼ばれる著しい特性をもつ。私はこの原理についてまだ知らないことが多いので結果だけ述べると、クオークは色が「白色(無色)」になるような組み合わせでしか存在できないことが分かっている。これをクオークの閉じ込めという。例えば、$R$を持つ粒子と$\bar{R}$をもつ反粒子がペアを作ることで色は無色になる。このようなクオーク2個組の粒子を中間子(メソン)という。他にも白色にする方法がある。それは、$RGB$の三色をすべてそろえる方法である。このようなクオーク3個組で構成される粒子をバリオンという。陽子や中性子はバリオンの一種である。なお、メソンとバリオンを合わせてハドロンという。

クオークは常にハドロンの状態で存在しており、これまで単独で存在しているクオークが見つかったことはないが、それはグルーオンの漸近的自由性によってクオークがハドロン内に閉じ込められているせいだと理解されている。


●ゲージ原理

力の媒介粒子として光子、W/Zボソン、グルーオンを見てきた。これらは前述のようにボソンというタイプの粒子である。三者三様の性質を持つボソンとその相互作用であるが、これらはゲージ原理という枠組みで統一的に理解することができる。ゲージ対称性といわれるタイプの対称性を三種類用意して理論に導入することで、それぞれに対応する相互作用とボソンが自動的に出てくる。これをゲージ原理といい、ゲージ原理によって現れるボソンをゲージボソンという。光子などはゲージボソンである。


●ヒッグス機構

理論にゲージ対称性を課すと、すべての粒子は質量をもてない。対称性というのはとても制限が強いのである。詳しくはゲージ理論の章で説明する。しかし現実には、光やグルーオン、ニュートリノ以外の粒子はみんな質量をもつ。この問題の解決のために、標準理論には自発的対称性の破れという仕組みが組み込まれている。具体的には、新たにヒッグス場と呼ばれる場を導入し、このヒッグス場が持つある対称性が基底状態において”自発的に”破れるように仕込んでおくことで、フェルミオンやW/Zボソンに質量を持たせることができる。ゲージ相互作用を記述するために都合のいい対称性を一度持ち込んで、不都合が出たら破ってしまおうというハチャメチャな論理で標準理論はできている。なお、このヒッグス場に付随する粒子はヒッグス粒子と呼ばれ、ゲージボソンではないボソンである。

(余談)自発的対称性の破れは、南部陽一郎博士によって提唱された。素粒子だけでなく物性物理の諸分野でも重要な考え方となっている理論であり、NHKではこれをテーマにした番組『神の数式』を放送したこともある。1964年、ピーター・ヒッグスは、この自発的対称性の破れを取り入れたヒッグス機構の理論を提唱し、ヒッグス粒子の存在を予言した。2012年、スイスのCERN研究所の大型加速器にて同粒子がようやく発見され、標準理論はそのとき完成した。すべてのボソンも含めた素粒子の完全な表は下図のようになる。

以上、粒子の相互作用が場の理論的にどのように解釈されるのかを見てきた。標準理論のラグランジアンにはこれらのことが全て詰め込まれている。標準理論は、(一般)相対論ほどすっきりした体系でないとよくいわれる。相対論はいくつかの公理から理論が演繹的に導かれるのに対し、標準理論は実験で分かったことを順次織り込んでいく方向で発展してきたことが要因であると思う。しかし、素粒子物理はそれだけ奥が深く、標準理論の方が相対論よりも味わい深いと言う研究者も多い。


[1] マーティン・ガードナー著, 新版自然界における左と右, 2021, ちくま学芸文庫


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