5-1. 自由場の量子論 – スカラー粒子 –

ニュートン力学は17世紀に完成し非常な成功をおさめたが、19世紀に電磁気学が完成すると両者の間の矛盾が問題となった。物理法則は慣性系によらないとすると、ニュートン力学はガリレイ変換するのに対し、マクスウェル方程式はローレンツ変換が必要となる。当時の情勢ではマクスウェル方程式がニュートン力学の近似理論であるとの見方が強かったが、アインシュタインはマクスウェル方程式の方が正しく、ニュートン力学は修正されねばならないとして相対性理論を構築した。現在では多くの実験事実がアインシュタインの正しさを証明している。
場の量子論は「特殊」相対論的な量子力学であるため、これの理解が不可欠である。本記事で特殊相対論の基本事項をまとめる。
特殊相対論は以下の2つを公理とする。
公理1の意味は分かりやすいと思うが、公理2はどういうことかというと、どの慣性系でも方程式が同じ形であることを要請している。まずは、異なる慣性系の間の議論ができるようにローレンツ変換を導く必要がある。しかし少し長くなったので、導出は(補足)に回して結果だけ述べる。
ある慣性系Sと、それに対してx軸方向に速さvで走る慣性系S'が同じ物体を見ている状況を考える。その物体が、Sに対しては時刻tの位置\boldsymbol{x}にあるように見え、S'に対しては時刻t'の位置\boldsymbol{x}'にあるように見えたとする。これを時空図で書くと上右図のようになる。時空図とは縦軸に光速×時間、横軸に空間をとる座標系であり、時空図上の点を事象という(空間軸はx軸のみ書いた)。縦軸に光速がかけられているのは横軸と次元をそろえるためである。S系を主役としてctとxを直交座標に取ると、x軸正の向きに走るS'系のct'軸およびx'軸は、傾き45°の直線を対称軸としてS系の軸を傾けた直線として取られる。この説明も(補足)に回す。
ローレンツ変換とは、時空図上の同一事象に対するS系での座標(ct,\ \boldsymbol{x})とS'系での座標(ct',\ \boldsymbol{x}')の関係を結ぶ線形変換であり、以下のように表される。
\begin{pmatrix} ct' \\x' \\y' \\z' \end{pmatrix}=\begin{pmatrix} \gamma & -\beta\gamma & 0 & 0\\ -\beta\gamma & \gamma & 0 & 0\\ 0 & 0 & 1 & 0\\0 & 0 & 0 & 1 \end{pmatrix}\begin{pmatrix} ct \\x \\y \\z \end{pmatrix}
ただし、\betaおよび\gammaは以下で与えられ、\betaはSに対するS'の速度の光速に対する割合を表す。
\beta = \frac{v}{c}\ \quad, \quad \gamma = \frac{1}{\sqrt{1-\beta^2}}
このローレンツ変換さえ受け入れれば、導出は知らなくても問題ない。
時空図上のベクトルを4元ベクトルといいx^\muと書く。\muは上付き添え字といい\mu = 0, 1, 2, 3の4つの数字をとる。
x^\mu \equiv (x^0, x^1, x^2, x^3) \equiv (ct, x, y, z) = (x^0, \boldsymbol{x})
ここで、\mu = 0の部分を4元ベクトルの時間成分という。また、\mu = 1, 2, 3の部分を空間成分といい、通常の3次元ベクトル\boldsymbol{x}で表せる。当然、4元ベクトルはローレンツ変換に従う。
x'^\mu=\displaystyle\sum^3_{\nu=0}{\Lambda^\mu}_\nu x^\nu\ \ \ \text{但し、}{\Lambda^\mu}_\nu\text{はローレンツ変換行列の}(\mu,\ \nu)\text{成分}
4元ベクトルのノルムsはローレンツ変換で不変になるように次のように定義される。
s^2 = (x^0)^2 - (x^1)^2 - (x^2)^2 - (x^3)^2 = (x^0)^2 - \boldsymbol{x}^2
ノルムがこのように定義されたベクトル空間をミンコフスキー空間という。以降、ベクトルというとこの4元ベクトルを指すことにし、ローレンツ変換で不変な量をスカラーと定義する。
(余談)2-2の記事で見るように、時間の経過や物の長さといった量は慣性系によって異なる。しかし、時間 - 距離として定義される上記のノルムに対してはみんなの認識が一致する。ローレンツ不変な量は、異なる慣性系間でコミュニケーションをとるために大事な量なのである。その観点では、通常のユークリッド距離 (x^0)^2+(x^1)^2+(x^2)^2+(x^3)^2 はノルムの定義としては使えない。なぜなら、ローレンツ変換の下でスカラー量にならないからである。もちろん、空間3成分を用いたユークリッド距離も不変ではない。そして、ここまでの話は単なる数学上の話ではない。我々が住むこの世界はミンコフスキー空間であることが分かっている。
下付き添え字ベクトルを以下のように導入する。
x_\mu = (x_0 , x_1 , x_2 , x_3) = (x^0, -x^1 , -x^2 , -x^3) = (x^0 , -\boldsymbol{x})
つまり、空間成分の符号が反転したベクトルである。また、上付き添え字と下付き添え字がそろえば無条件で\mu = 0, 1, 2, 3にわたって和がとられるものと約束する。これをアインシュタインの縮約という。
\begin{eqnarray*}x_\mu{y}^\mu &=& x^\mu{y_\mu } \equiv \displaystyle \sum_{\mu=0}^3 x_\mu{y^\mu} \\ &=& x_0y^0+x_1y^1+x_2y^2+x_3y^3 \\ &=& x^0y^0-x^1y^1-x^2y^2-x^3y^3\end{eqnarray*}
ミンコフスキー空間では、ベクトルx^\muとy^\muの内積x\cdot yはこのx_μy^\muで定義される。特にこの定義から、x_\mu{x^\mu}はミンコフスキー空間のノルムであることが分かる。縮約された量はスカラー量であり、縮約に使われた記号はダミー変数(シグマ記号の下で走るだけの変数)となる。
また、4元ベクトル版の微分記号を以下のように定義する。
\partial_\mu \equiv \frac{\partial}{\partial x^\mu} \equiv \left(\partial_t, \partial_x, \partial_y, \partial_z \right) \equiv \left(\frac{\partial}{\partial ct}, \frac{\partial}{\partial x}, \frac{\partial}{\partial y}, \frac{\partial}{\partial z}\right) = \left(\frac{\partial}{\partial ct}, \boldsymbol{\nabla}\right)
\partial^\mu \equiv \frac{\partial}{\partial x_\mu} \equiv \left(\partial^t, \partial^x, \partial^y, \partial^z \right) \equiv \left(\frac{\partial}{\partial ct}, -\frac{\partial}{\partial x}, -\frac{\partial}{\partial y}, -\frac{\partial}{\partial z}\right) = \left(\frac{\partial}{\partial ct}, -\boldsymbol{\nabla}\right)
さて、公理2が言わんとすることを具体的に述べる。それは、ローレンツ変換の下で等式が保たれるように、方程式がローレンツ不変または共変な形であること要求している。
ローレンツ不変:添え字が全て縮約された形式。このとき、方程式はスカラー量で表されているため、ローレンツ変換で不変となる。例えば、以下の例はシュレディンガー方程式の相対論版であるクラインゴルドン方程式であるが、添え字\muが縮約され、生きている添え字はない。
(\partial_\mu\partial^\mu + m^2)\phi = 0
ローレンツ共変:ダミーでない添え字が両辺で揃っている形式。このとき、ローレンツ変換で方程式の両辺は同じように変換する。以下の例はマクスウェル方程式であるが、添え字\nuはダミーである一方、\muは生きており(全項を左辺に寄せているが)両辺で揃っている。
\partial_\nu(\partial^\mu{A}^\nu - \partial^\nu{A}^\mu) = 0
上付き・下付きの添え字について説明したが、添え字計算で重要な役割をする計量テンソルを最後に紹介したい。計量テンソルは次のように定義される。
\eta_{\mu\nu}=\eta^{\mu\nu}\equiv\begin{pmatrix} 1 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & -1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & -1 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & -1 \end{pmatrix}
行列なので添え字が二つ使われている。ちなみに、添え字が二つ以上つく量にテンソルという名前がつくことが多い。\muと\nu両方についてスキャンすることで、縮約は計量テンソルを使って次のようにも書ける。
x_\mu x^\mu = \eta_{\mu\nu}x^\mu x^\nu
対角項以外ゼロなので、この成立はすぐわかると思う。ここで、両辺のx^\muを取り除いてみる。すると、次を得る。
x_\mu = \eta_{\mu\nu}x^\nu
これは、計量テンソルによって添え字が上から下に移動したように見える。同様に下から上に移動させることもできる。
x^\mu = \eta^{\mu\nu}x_\nu
計量テンソルの定義をみながら\nuの縮約を考えればこれらもすぐ納得できると思う。実は、このように計量テンソルを使って添え字の"上げ下げ"ができるというのは大変便利なことなのである。以降もちょこちょこ出てくるのでここで紹介した。
以上、特殊相対性理論を簡単にまとめた。これで早くも相対論的な形式で理論を展開することができるようになった。場の理論においても特殊相対論の2つの公理はそのまま引き継がれるため、方程式は相対論的な形式で書かれることになる。標準理論のラグランジアンにはいっぱい謎の添え字がついているが、それはベクトルの添え字なのである。
これは公理1と少しの仮定だけから導かれる。ある慣性系Sと、それに対してx軸正の向き速さvで走る慣性系S'を考える。S系を主役にctとxを直交座標に取った時空図を考える。こうした時空図においては、光の経路は常に傾き45°の直線で表される。そうなるように時間軸に光速cがかけられている。
さて、まずはS'系の軸を決めなければならない。Sから見てx軸正の向きに速さvで走っているS'の経路は、時空図上で傾きc/vの直線で表される。S'からすると、自分は常に原点に静止しているため、ct'軸(x’=0)はこの傾きc/vの直線そのものである。
では、x'軸はどうとればいいだろうか。ここで公理1を使う。走っているS'にとっても光の速さはcである。S'の両側等距離のところに光源を置き、同時に光らせると同時にS'に到達するはずである。この状況を時空図で幾何学的に考えると、下図のようにx'軸は傾きv/cの直線であることが分かる。
以上を踏まえて、時空図上のある点がS系で(ct, x)、S'系で(ct', x')と表されるときの両者の関係式(ローレンツ変換)を導く。ここで一つ仮定が入るが、この変換は時間座標と空間座標が混ざり合う線形変換であるとして以下のp, q, r, sを求めることとする。
\begin{eqnarray*}\left\{\begin{array}{l} ct' = p(ct) + qx \\ x' = r(ct) + sx \end{array}\right.\end{eqnarray*}
まず、ct'軸上の点はc/vの直線であることから、
ct' : ct = \frac{c}{v}x
を満たすが、同時にx'=0の直線でもあるため、
r(ct) + sx = 0も満たす。これよりrを消去できる。
r = -\frac{v}{c}s同様にx'軸を考えることで、qも消去できる。
q = -\frac{v}{c}pよって、
\begin{eqnarray*}\left\{\begin{array}{l} ct' = p(ct - \frac{v}{c}x) \\ x' = s(x - \frac{v}{c}ct) \end{array}\right.\end{eqnarray*}と書ける。さらにもう一度公理1を使う。S、S'いずれでも光の経路上ではct = xおよびct'=x'なので、そこからp=sが分かる。
ところで、次の量を定義する。
s^2 \equiv (ct)^2 - x^2
この量はS'系では、
\begin{eqnarray*}s'^2 &=& (ct')^2 - x'^2 \\ &=&\left\{p\left(ct - \frac{v}{c}x\right) \right\}^2 - \left\{p\left(x - \frac{v}{c}ct\right) \right\}^2 \\ &=& p^2 \left(1 - \frac{v^2}{c^2}\right) \left\{ (ct)^2 -x^2 \right\} \\ &=& p^2\left(1 - \frac{v^2}{c^2}\right)s^2 \end{eqnarray*}
となり、S系の量に比例する。ここでもう一つ仮定を入れる。今、この量の比例係数の部分は速度の大きさv^2の関数になっていることが見て取れる。このことから、この量の変換を
s'^2 = \phi{s}^2 \ \ \ \ \text{但し、}\phi \equiv p^2\left(1-\frac{v^2}{c^2}\right)
と書いたとき、変換係数は速度の大きさにしか依存しないとして\phi=\phi(|v|)と仮定する(この仮定が正しいことはシュッツ[1]が詳しい)。さて、今度は逆にS'系を起点として、x'軸方向に-vで走っているように見えるS系への変換を考える。それにより
s^2 = \phi (|-v|)s'^2 = \phi(|v|)s'^2 = \phi(|v|)^2s^2
\phi(|v|)^2 = 1 ⇒ \phi(|v|) = 1 ⇒ p = \frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}
を得る。得られたpを\gammaと置きなおすことで、結局、ローレンツ変換は以下で表されることが分かった。
\begin{eqnarray*}\left\{\begin{array}{l} ct' = \gamma(ct - \beta{x}) \\ x' = \gamma(x - \beta{ct}) \end{array}\right.\end{eqnarray*}
ただし、
\beta = \frac{v}{c} \ , \ \gamma = \frac{1}{\sqrt{1 - \beta^2}}
今、空間方向は1次元で考えたが、(1+3)次元時空では以下の表式となる。
\begin{pmatrix} ct' \\ x' \\ y' \\ z' \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \gamma & -\beta\gamma & 0 & 0 \\ -\beta\gamma & \gamma & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 1 \end{pmatrix}\begin{pmatrix} ct \\ x \\ y \\ z \end{pmatrix}
今回はx軸方向に沿った時間と空間のローレンツ変換を考えた。これをx軸方向にブーストするという。一般の方向にブーストする変換行列はかなり複雑な表式になる。しかし、それを使うことはほとんどない。いつでもブーストする方向に軸を設定できるので、実際の計算を行う上では今回得た表式で十分である。
[1] シュッツ 著, 江里口 訳, 二間瀬 訳, シュッツ相対論入門 第2版, 2010, 丸善出版
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